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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)118号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人永岡外次上告趣意書原判決ハ擬律ニ誤リアル失當ノ裁判ナリト思料ス本件事実ハ原判決ニ摘示スルガ故ニ茲ニ再記ノ労ヲ省ク而シテ被告ノ爲シタル舊百圓券ニ證紙貼付並ニ同行使ノ所爲ハ別罪ヲ構成スルハ格別ナルモ決シテ通貨僞造ノ罪ヲ構成スルモノニアラズ蓋シ通貨僞造ノ行爲ハ全然法規ノ定ムルトコロニ據ラザル僞作ヲ意味スルモノニシテ本件ハ其使用ノ舊百圓券並ニ證紙トモ法律ノ規定ニ據リ適法ニ製作セラレタルモノニ係リ唯被告ガ其證紙貼付ノ手續ヲ誤リタルニ過ギザルが故ニ通貨僞造ノ罪ヲ以テ律スベキモノニアラズ然ルニ原判決ガ同罪ノ成立ヲ認メ其法條ヲ適用シテ之レヲ處斷シタルハ擬律錯誤ノ失當アルモノト思料スと云ふのであるが

そもそも通貨僞造罪は通貨を発行する權限をもたない者が流通におく目的をもって通貨の外觀を具えた物を作成する行爲によって成立する。けだし通貨僞造罪は通貨発行權者の発行權を保障することによって通貨に對する社會の信用を確保しようとするにあるのであるから作成者が通貨発行の權限を有たない者である限りその作成がたとえたまたま発行權限をもつ者の場合とまったく同一の材料と方法とによって爲され從って作成された物が外觀の點においてのみならずその実質の點においても発行權限をもつ者の作成する物といささかの逕庭なくこれとまったく同一のものであったとしてもその作成行爲はもとより通貨僞造たるを兔れずその作成された物はおのずから僞造通貨たるを失ふものでない。ところで昭和二十一年二月十七日勅令第八十四號日本銀行券預入令並びに同日大蔵省令第十三號日本銀行券預入令施行規則によれば從來の日本銀行券(舊券)は昭和二十一年三月二日限り強制通用力を失いこれを所持する者は同月七日迄にこれを金融機關に預入しそして預入と同時に一定の金額を限り新たな日本銀行券(新券)による預金の支拂を請求することができることになり更に昭和二十一年二月二十日勅令第九十號日本銀行券預入の特例の件によると日本銀行において舊券に一定の證紙を貼附したものは新券と看做されることになったのであるが政府は舊券の右預入並びに一定額以内の新券による支拂請求の手續に代え臨機應急の措置として郵便官署その他金融機關から国民一人につき金額百圓に相當する證紙を交付し国民各自をして夫々その所持する舊券にこの證紙を貼附させることによって各自が該金額に相當する新券による預金の支拂を受けたと同じ結果を得させようとしたのであった。そこで国民各自が政府の採ったこの措置に從い正規の手續によって交付された證紙を右の金額の限度内において舊券に貼附し以て新券と看做されるものを作成することはもとより適法であってこれを違法とすべき筋合でないことは敢て云うを俟たないところであるが若し夫れ正規の手續によらずして入手した證紙を利用し右の限度を無視して貼附行爲をなすが如きはまさにこれ通貨発行權を有たない者が通貨を作成する場合と法律上の評價の同じかるべきこと理の當に然る所であるからそこに通貨僞造罪の成立ありとするにつき何等の妨げあるを見ないのであってかような貼附行爲によって作成された物自體が右の限度内において作成された物とその形式及び実質の點において亳末も逕庭なく優に真正なる新券と同樣の流通状態におかれ得るの一事あるの故をもってこれを異別に論ずべき謂われはない。

さて、原判示第二事実はまさしく被告人が正規の手續によらずして入手した證紙を利用しこれを許された限度額を超えて舊券に貼附したと云うのであるからこの事実たるやまさに刑法第百四十八條通貨僞造罪の處罰に服すべき違法あるを兔れないのであってこれと同一の趣旨に出で右判示事実に對し判示法條を適用して被告人を處斷した原判決の措置はまことに正當となすの外はない所論はまったく獨自の見解たるに過ぎず採用に値しない。原判決には所論の如き擬律錯誤の違法はない。從って論旨は理由がない。

以上の理由により刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の如く判決する。

この判決は裁判官の全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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